「一壜換え得たり春を迎ふるの酒
これを飲みて酣歌(かんか)悠々に付し
人生の快楽此(かく)の如くにして足れり」
亀田鵬斎の「新春酔歌」。
お酒の大好きな 越後の良寛とも
交友があったそうです。
(大星光史「老荘神仙の思想」から)
春をもっとも楽しく迎えるには
一壜の酒があればいい。
酒を飲んで、詩を詠ずれば、
人生の快楽はここに極まる。
一壜の酒があればいい・・
というのがいいですね。
人生の幸せとは、
かくなるものなんでしょうね。
私はお酒は飲めませんが、
飲めたらさぞや楽しいだろうなと
その豊かさを想像します。
「竹林の七賢」も酒を愛したといいます。
こんな内容の歌もあるそうです。
人間酒に酔っているときが一番で、
醒めているときは何の意味もない。
考えてみれば、
物事みな夢のようなものであり、
利巧だ 愚かだ といっても
何を基準にそれがいえるのか。
死後の名声もすぐに消えてしまう。
寿命貧富は天命にまかせて
酒を飲むのがもっともよい。
ちょっと荘子の胡蝶の夢にも
似ていますね。