孤独だから寂しいのではない、寂しいって複雑

だいぶ昔のOZという雑誌に、
寂しさについて、
次のようなことが書かれていました。

寂しいって、
自分が孤立していたり、
孤独なときに感じること。

でも、寂しい気持ちは、
ひとりでいるときだけでなく
人といるときにも感じるもの。

寂しい気持ちは
ひとりだからというより、
やるべきことがみつからない、
あるいは、やるべきことができていない
というときに感じることが多いようです。
・・・

確かにそのとおりかも、と思いました。
ひとりでも生活が充実していれば、
寂しさを感じるヒマなんて
ないのかもしれません。

ふたりだから、思い通りに進まない
こともあるかもしれません。

私のことで考えてみても、
孤独なのはいつものこと。
人といると
いつのまにか気を遣って疲れるので、
人とはなるべく
距離を置くようにしています。
私は孤独が嫌いではありません。
それでも
寂しいと感じるときがあります。

でも、不思議なことに、
寂しいって感じるときも、
人に近づきたくなるわけではありません。
人と会えば、
確かにその場の寂しさは
まぎれるのでしょうが。

私の場合、寂しいと感じるときは、
何かやりたいと思っても
それが見つからないとき、
やらなければいけないことがあるのに
それができていないとき、など。
とにかく、
自分の思いどおりにいっていないとき
が多い気がします。

心に隙間があると、
そこに寂しさが入り込んでくる。

大勢の中にいてもひとり。
ふたりでいても寂しい。

ヒトの気持ちは複雑ですね。

寂しい時には空を見よう

「寂しい時は
流れる雲を見ていよう」

以前、秋の神保町古本市で目にした言葉。
いいなぁと思ってメモしました。

青く澄んだ秋空に、
流れる雲を見上げて、
ボーっと見ている。

なんかいいですよね。

寂しいときは
寂しさをしっかり感じる。
しっかり実感する。
それもステキなことだなぁと
思ってしまいました。
心に余裕がないとできませんが。

流れる雲を見て、今を生きる。
意識を今にもってくる。
今を実感する。

そんな気持ちでいたいものだと
空を眺めている自分を想像します。