「アンパンマンのマーチ」 ~何をしたらうれしいか

「アンパンマンのマーチ」から一部抜粋
作詞:やなせたかし

なんのために生まれて
なにをして生きるのか
こたえられないなんて
そんなのはいやだ!

なにが君のしあわせ
なにをしてよろこぶ
わからないまま終わる
そんなのはいやだ!

すごくないですか?この歌詞。
子供たちのための歌詞とは思えません。

特に2番の歌詞には考えさせられました。
何をしたら私は楽しいのか。
何をしたら私はうれしいのか。
何が私の幸せになるのか。
確かに、それが分からないまま
人生終わるなんて、
そんなのもったいなさすぎ。

同じ楽しむなら、
好きなことをしっかり認識して
楽しみたい。
同じ喜ぶなら、
自分が今喜んでいることを
しっかり自覚したい。

自分のうれしいことが
自分でわからないなんて
確かにそんなの嫌です。

それから私は、
自分が好きなこと、楽しいことなどを
しっかり意識して考え、
書き出すようになりました。

分かって、意識してそれをやって、
楽しかったりうれしかったりすると、
楽しさ、うれしさが
さらに大きくなるような気がするのは
気のせいでしょうか。

自分の流儀で、好きなことをして暮らす

「成功とは自分の人生を
 自分の流儀で過ごせること
 好いた事をして暮らすべきなり」

これもどこから書き写したか忘れましたが、
好きな言葉です。

いろいろな成功があるでしょうが、
その結果、自分が好きなことをして
自分のこだわりのまま暮らしていける。
嫌なことを我慢してやる必要はなく、
好きなことだけやって暮らしていける。
それは間違いなく
成功の生み出した産物に違いありません。
そういう人が人生の成功者。

「生まれ変わるとしたら
 また自分になりたい」
と言える人も、きっと成功者。
自分が好きで、自分の人生に満足している。

成功したと思えることに越したことは
ありませんが、それは結果論。
大切なのは、好きなことをして
自分なりに暮らしていくこと。

今なりの自分の幸せは見つめていきたい。
「今の自分で幸せを感じることができれば、
 きっとどんな自分に生まれ変わっても
 必ず幸せになれる」
と私は信じています。

今の自分にしか感じられない幸せを
見つける。
そうしてその幸せを大切にして
自分のやり方で暮らしていく。
他の人には理解されなくても。

幸せの種類は無限大です。

好きなことを意識して暮らすと、より幸せになる

「あなたの好きなことはなんですか?」

「好きなことがたくさんあるということは、
 人生を楽しくする。」

「生きてる意味」なんて難しいことは、
考えても 
そうそうわかるもんじゃありません。
でも、「好きなことはなに?」
って聞かれれば、たいていの人は
少しは答えられるんじゃないでしょうか。

私は、旅が好き。
カフェでまったりが好き。
小鳥が好き。
寝るのが好き。
ひなたぼっこが好き・・・

あんまりないという人でも、
辛いカレーが好き。
やっぱり焼肉。
チョコレートが好き 等々
食べ物まで入れたら、
それなりにたくさん
好きな物をあげることが
できるんじゃないでしょうか。

好きなことがたくさんあることは
ステキなことです。
それをするたびに、楽しくなります。
食べ物ならそれを食べるたびに
うれしくなります。
満足感が得られます。

好きなことを意識するということは
とっても大事なことです。
好きなことと認識していることが
たくさん実行できると、
人生充実しているような気持ちになれます。
錯覚でも十分。
錯覚が現実か、真実が現実か、
それは重要じゃない。
私には、今が楽しいことが
とても大切です。

遊戯三昧 ~することを楽しむ

「遊戯三昧(ゆげざんまい)」。
元プロテニスプレーヤーの杉山愛さんが
以前、テレビ番組で言っていました。
杉山愛さんの座右の銘だそうです。

「なぜ辛い外国遠征をがんばれるか」
と聞かれたときの答えでした。

「楽しいことをする」という意味ではなく、
「することを楽しむ」っていう意味だそう。

「することを楽しむ」ということは、
「遊び」と思って、
そのときその場で行うことに、
最大限の力を投入して楽しむということ。
やらなければならないことを、
どれだけ遊びとして楽しめるかが勝負。

今やってる仕事を
そのとき最大限に楽しむ。
楽しめたなら、
結果はどうでもいいやと考える。

だから辛い海外遠征も
耐えられるんだそうです。

う~ん、やっぱりすごい。
とってもポジティブ。

映画「あん」 ~この世を見るために聞くために

映画「あん」をDVDで見ました。

ハンセン病(らい病)だった徳江の言葉
「私たちは、この世を見るために、
聞くために、生れてきた。
この世はただそれだけを望んでいた。
・・・だとすれば、何かになれなくても、
私たちには生きる意味があるのよ。」

本来は、ハンセン病に対する
過去の悲劇を表現した言葉なのだと思います。
でもごめんなさい。
それは少し横におかせてください。

この言葉を聞いて、
ああ、ただ生きてるだけでいいんだ、
となんだかホッとするような感じを
受けたのは、私だけでしょうか。

この世界はすばらしい。
その世界を見るために、聞くためだけに、
生れてきた。
この世界を見ること、聞くこと、
それが十分生きる意味になる・・・
すてきな言葉だと思いました。

「人の役に立つことが、生きる意味
なんだろうか」との問いから、
この作品が生まれたといいます。

ちょっぴり悲しいけど、
ほっこりするいい作品でした。

<あらすじ>
千太郎(永瀬正敏)は、どら焼き屋の雇われ店長として単調な日々をこなしていた。そこで働くことを懇願する手の不自由な老女の徳江(樹木希林)に、どらやきの粒あん作りを任せることに。徳江の作った粒あんはあまりに美味しく、店は繁盛。しかし、徳江がかつてハンセン病であったとの噂を聞きつけ、客足はピタリと途絶え、それを察した徳江は店を辞めた。千太郎はハンセン病感染者を隔離する施設に徳江を訪ねる。 ・・・