夏目漱石「とかくこの世は住みにくい」

夏目漱石『草枕』の
冒頭のとても有名な一節。

山路(やまみち)を登りながら、
こう考えた。
智(ち)に働けば角(かど)が立つ。
情に棹(さお)させば流される。
意地を通せば窮屈だ。
とかくに人の世は住みにくい。

この一節に、私は隠遁の思想と
同じものを感じました。
しかしながら、漱石は、
山水へと向かうのではなく、
次のくだりへと展開していきます。

住みにくさが高(こう)じると、
安い所へ引き越したくなる。
どこへ越しても住みにくいと悟った時、
詩が生れて、画(え)が出来る。
・・・
ただの人が作った人の世が
住みにくいからとて、
越す国はあるまい。
・・・
越す事のならぬ世が住みにくければ、
住みにくい所をどれほどか、
寛容(くつろ)げて、
束(つか)の間の命を、
束の間でも住みよくせねばならぬ。
ここに詩人という天職が出来て、
ここに画家という使命が降(くだ)る。
あらゆる芸術の士は
人の世を長閑(のどか)にし、
人の心を豊かにするが故(ゆえ)に
尊(たっ)とい。

中国の隠遁思想のように、
人里離れて山水に住むのは、
あまりに過酷です。
誰にでもできるというものではありません。
良寛は、その道にだいぶ近づいていると
思いますが。
漱石は芸術(文芸といった方がいいで
しょうか)の道を選びました。
漱石も良寛も、
人生に真剣に向き合っています。