自分の幸せを見極める ~ルーティーンとちょっとの贅沢

「FIRE」
(The Financial Independence,
Retire Early)
極度の倹約とシビアな投資により
若いうちに貯蓄して、
会社を早期リタイア、
働かないで自由な人生を生きること。

「FIRE」ムーブメントの始祖となった
ピーター・エイドニーは、
「幸せはさほど高価なものではない」
と語っています。

自分の生活の中で、
本当に必要なものを見極められれば、
あとは実行するだけ。

何が自分にとって幸せなんだろう・・・
考えますよね。
すでに大きな夢や目標に
向かっている人は
きっと幸せですよね。
でも、結局 私には、今まで
そういうものはできませんでした。

私の場合、今後の生活を考えると、
中途半端にお金があっても
お金の使い方は
変わらないんではないかと思います。
ついつい持ち前の
貧乏くささがでてしまい、
「今だ!贅沢するのは!」って
思っても
結局「もったいない」って
思ってしまって
思い切ってお金が使えない。

将来に渡っての安心が見込まれる
莫大なお金が目の前になければ、
きっと今後もそれは
変わらないでしょう。
育ちや性格というのは
そういうものですよね。
そんな私だからの幸せが
きっとあるんだと思います。

それなりの年齢になって、思います。
「ルーティーン的な生活が
私の心の安定」
そして、たまには
「少しの贅沢」をすること。
それが私の幸せ、かなと。

毎日を、季節ある1年を、
決まったルーティーンの中、
明るく暮らしていく。
繰り返しの日常では倹約を心掛け、
たまには、おいしいものを食べに行く。
そして、ときどきは遠くへ旅する・・・。
それがちょっとの贅沢。

有名になったり、成功をおさめたりする
何者にはなれなくても、
幸せだと感じられるようになれたら、
とてもステキなことですよね。

小さく稼いで小さく暮らす

若いころからバリバリやる気が
あった訳ではありませんが、
地味なことでも何かに取り組んで、
何かを成し遂げられたら・・・と
密かに思っていました。
でも今になってみると、
まだ何も成し遂げていない。
これから先に
何かを成し遂げる見込みもない。

でも代わりに、平穏な暮らしに
満足できるようになってきました。
それで充分幸せだと感じることができる。

今の目先の目標は、
「小さく稼いで小さく暮らす」こと。

小さく稼ぐのは少し横においておいて、
小さく、楽しく、豊かに、
暮らしていくことを模索中です。

生活を小さくするということは、
お金をかけずに生活するということ。

でも生活の質も落としたくない。
気持ちが貧しくなるのもイヤ。

私の場合、
お金をかけない生活をするに当たって
一番のポイントは
「食べる」ことかなぁって思っています。

おいしい幸せは手放さない

生活を小さくして自由に生きる。
でも節約だけの生活はつまらない。
節約生活の中で、
「食べる」ことは変動率も高く、
とっても重要な存在。

高級なレストランや料亭で、
高いお金を払って食べる御馳走は
確かにおいしい。
記念日やお祝いに
イベントとして食べるのは
それなりに意味がある。
でも、そんなご馳走を
毎日食べたいわけではありません。

私には毎日食べたいと思う
ご飯があります。
それは、和風旅館にでる朝ごはん。
炊き立ての白飯に、あつあつのお味噌汁、
卵焼きに、焼魚、そしてお漬物。
それで十分。
毎日食べても飽きないし、
素朴で、とってもおいしいと思える。

日常のご飯に「おいしい」がある。
おいしいご飯を食べることは
まさに「幸せ」。

「食べる」を自分のものにして、
お金をかけなくても
「おいしい」を手に入れたい。

食べることは生きる基本。
とっても大事なことです。
栄養が不足すると、
必ず体に悪い影響がでます。

でも、若いときは、
そんなこと気にもしませんでしたし、
実際に、どんなに不摂生をしても、
大丈夫でした。
でも間違いありません。
その影響は、歳とともにでてきます。
食事は大事。
私たちの体は、
毎日食べる食事からできています。

「おいしい料理を手間ひまかけて」

どうせ食べるなら、おいしいものを。
自然の素材を、手間ひまかけて、
おいしくいただく。
特に旬のある食材には、
パワーがあります。

料理にかける手間ひまも
楽しさに変えられたなら。
そうして、生活の質を落とさず、
どこまで安く生活できるか。
それは楽しみにもなります。

「足るを知る」天下とっても2合半

「起きて半畳、寝て1畳、
 天下取っても2合半」

どんなに広い家に住んでいても、
起きているときは
半畳のスペースがあれば充分だし、
寝るのにも 1畳あれば充分である。
いくら天下を取っても、
1食に2合半以上の飯を
食うことはできない。

多くのものを手に入れても、
結局すべては使うことができない。
人間が生きていくのに、
それほど多くのものはいらないということ。

そう思うと気楽ではありませんか。
人生にそんなに多くのものは
必要ではないんです。
なにをそんなに
あくせく働く必要があるでしょうか。
「足るを知る」です。

長い出張や旅行に
持っていく荷物を整理するとき、
必要な物って、意外にそんなにないんだと
思ったことはありませんか。
本当に必要な物って、
とても少ないんです。

足るを知って、あとは楽しみましょう。
嫌なことをがんばってやる必要なんて
本当はそんなにないんです。
逃げることは悪いことではありません。

逃げるというもの正しくありませんね。
目指しているものが違うだけです。
いる場所が違うだけ。

気持ちひとつで、気負いを軽く。
せめて 気持ちだけでも少し軽く。

そこにある幸せ「足るを知る」

老子の「知足者富」(足るを知る者は富む)
満足することを知っている者は、
心豊かに生きることができる。

「足るを知る」は、
しかたなく満足する
ということではありません。
「これでいい」のではなく、
「これがいい」と思えること。

今この時が一番幸せ。
この幸せが目的なんだということを
認識して、じっくり、ゆっくり、
今この時を十分満喫すること。

「ないものを数えるより、
 あるものを数えろ。」
「まだ」「もっと」はもういらない。
今のままでいい。
今の幸せを逃がすな。
もう何も探し求めなくていい。
何かやらなくちゃはもういらない。

足るを知ることがないということは、
満たされることがないということ。
常に不満が残るので、
心穏やかに生きることが
できなくなってしまいます。

きっと幸せはそばにいて、
気づいてくれるのを待っています。